2006年12月アーカイブ

どうやら私の想像は間違っていて、
あの失言の時の痛みは息子が出てくる時のものだった様。
流石は4224g、ビッグベビーの破壊力。
先生の終わった瞬間の一言は
「ふー、肩甲骨が出らんかと思ったよ」

「頭出たら、後はプルン」とはよく聞いていたが、違った。
頭でとまった息子は、それから少し時間がかかったのだ。

出てきてからも大きな赤ん坊の動きは激しく、新生児室では目立っていた。
きっと胎動も人一倍派手なのを経験してきたんだろうなぁ。

今では陣痛の痛みもすっかり忘れて、
かわいすぎる2児との急がしい毎日に目を回している。
まじにぐるぐる。室内で息切れ状態です。

叫びながらも、強い痛みを何度しのいだだろう。

「そろそろいきみましょうか。」と助産師さんからお許しが出る。
早く出したい、早く痛みから解放されたい、とその一心でいきむ。
このいきむ力、相当なものだと思う。おそらくお産の時にしか出せない力だ。

陣痛と陣痛の間「力を抜いて!」と言われる。
がしかしそれが出来ない。
「あごひいて!体丸めて!」
そう言う助産師さんの声は聞こえるのだが、全くもって出来ない。
直前に支配されていた陣痛のせいだろうか。
体を反らせて硬直してしまった。
後から聞いたが、夫が言うにはこの姿が一番怖かったらしい。
強くいきんだ後で目が真っ赤に充血し、体を反らせて固まっている私の顔。
いきんでいる最中に脳溢血になった産婦さんの話を聞いていたので、
そうなるんじゃないかと心配だったとか。
退院後「その顔が焼き付いている」と夫から聞かされた私は
翌日、厚化粧をしたのは言うまでもない。

助産師さんが私を勇気づけるために声をかけてくれる。
「あと数回いきめば出てきますよ」
でも長男はいきみだしてから4時間もかかったので、とても信じられなかった。
また「赤ちゃん、髪が黒々してますよ」とも言ってくれた。
まだ出てきてなかったが、助産師さんには産道の中が見えるらしい。
その言葉に何を血迷ったのか「まじ?夫、見てみて。」と促してしまう。
そう言われて、反射的に見る夫。見られた後に気づく。
わたしゃ、なんてとこ見せてんだ、と。

相変わらずいきんだ後に硬直している私。
「あごをひいて!」と言われ、出来ない私の頭を、夫が押さえてくれあごがひけた。
その後、ヘルプできた助産師さんが私の太ももを持ち上げてくれ、
二人のおかげでようやく海老の様に丸くなる。
もう自力では体を動かせない。

(ああ、痛い、きつい、つらい)そう思っているとまた、
いきまずにはいられない陣痛の波が襲ってくる。
再び激痛が私を包む。

「いたぁーい!!!いたいたいたい!!」

思わず叫ぶ。がしかし、いままでの痛みとはちょっと違う。
陣痛の痛みではない。そうだ!あすこだ、あすこが痛い。

足元にはいつのまにか来ていた医師と、助産師2名が見える。
その3人が力を合わせてひろげている。
私はそう思った。そうとしか思えなかった。
私は訴えたかった。
私が今「痛い」と言っているのは、陣痛の方ではない、と。
手を離せ・・・
正確に伝えなければやめてもらえない、と思った。

「ちがうぅ。ま○こいたいっ!」

失言?
その後数回いきむと、急に解放されたかのように体の力が抜けた。
夫の顔を見上げると、ひとつうなずき「出てきたよ。」と。
足元を見ると、大きな男の子が見えた。
16時52分誕生。

出産の5日前にニアピンで病院に駆け込んでしまったため、
いささか慎重になっていた。

当日の朝、起きると出血もあり、なんだか単発の張りがきている様な気はしていたが
気づかないふりをしていつもの様に家事をこなす。
ばたばたと忙しく歩き回ってもうすぐお昼ってな時間、
張りが痛みになっていると気づく。両親に来てもらい長男をたくす。

12時半、病院に向かう。内診の結果子宮口5cm。入院決定。
産婦服に着替えたり、尿検査をしたり。その間、あいた時間に夫にメールをする。
会社からタクシーで10分という距離、すぐに駆けつけてくれる。
夫は、朝私が作った弁当を、快適な陣痛室で食べることになる。

14時、陣痛室で夫とTVを見ながら過ごしていると、
すぐに2、3分間隔の強い陣痛になる。
やっぱり無痛分娩にしとけばよかった。この時、強く後悔する。
「痛いよ〜。もっと痛くなるんだぁ。怖いよ〜。」
腰をさすってくれる夫に愚痴を言うがいまさら遅い。
陣痛室にあった徳川家康の枕みたいなものを、お尻にはさみながら耐える。

15時、子宮口7cm、分娩台で破水してもらう。
助産師さんが言うには「破水したらすぐに開くと思います。」だと。
(子宮口が0cmから10cmまで開く。その間の痛みが陣痛、開くごとに痛みが増す。)

その通りだった。途端気が狂う程の激痛に襲われだす!
となりの分娩室で「ふぅーっ!ふぅーっ!」とつらそうにしている産婦さんを
同情している場合じゃなかった。

ベッドに横向きに寝かせられ、ベッド横にスタンバイしている夫の手やら
ベッドの手すりやら、とにかくつかめるもん必死につかんで、
痛み逃しの呼吸法「ふぅーっふぅーっ」をやる。

いやしかし、はっきり言ってこんなの意味がない。
息を吐く呼吸法だが、だんだん発声に変わっていた。
「ふぅーっ、ふぅーぅ。うぅぅ。うぅー!
うぐぅ!あうー、いたーい、痛ぁーい!!」


14時前、分娩台にてNSTモニターつけて陣痛を計測中。まだまだ余裕な時。

今年のクリスマス。
長男は、お祭り騒ぎを認識できる歳になりました。
サンタクロースのお話も理解できます。
街中のクリスマスツリーに、はしゃぎます。
がしかし出産、産後で我が家にツリーを用意するどこじゃなかったよ。
どうせ買うならいろいろ見たいし、コストコのも見たいし。

ということで、レゴ好きな息子と一緒に遊んでる最中に作りました。

うんうん、それっぽい。
ということで

飾り付けまでしてみました。
え?
別に寂しくなんてないですから。


明日は我が家にもサンタクロースがやってきます。
こりゃ親の方が楽しみだわ。

出産の痛い話は後ほど。

妊娠10ヶ月の頃。もう10月というのにうだる様な暑さだった。
完全に夏の装いで、私と夫と息子は天神へ買い物に出かけた。
「秋というのに・・・」
少し気がひけたので、私は高校生の頃に買ったフェルト地のベレー帽をかぶる。
岩田屋前で声をかけられる。雑誌の街角スナップだった。
カメラマンの執拗な乗せ台詞に、引きつる程愛想笑いが定着してしまった大人の私達、
それに反してそのカメラマンにひいた息子は、顔が硬直していた。
こんな格好で載るのか?と半信半疑だったが載ってたよ!わあい!
夫は切り立ての髪(by私)のお陰で必要以上にイケテなく映ってました。
「俺の髪、絶好調やねぇ」
ええ、ヘルメットみたいです。

ニナーズです。見て見て!!
http://www.zipper.jp/ninas/

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